純粋な願い 切実な願い

仕事柄、日々、様々な願いや想いに触れさせて頂きます。

なぜ、叶う願いと叶わない願いがあるのか。
疑問に思っていた時期もありますが、今ではこんなふうに捉えています。

その願いが、
純粋 か 切実 か。

私利私欲ではない、極めて突き詰められた願いは、
風や波や土や湧水が、物事を必ず変化させていくのと同じなのかもしれません。
成されるべくして成されていくのでしょう。


切実さは、懸命さはあっても、その願いの真の出所、本質と向き合う余地がまだあると思います。

純化されていないということは、例えばラジオのチャンネルとチャンネルの間で両局の音が混じり合って聞こえないように、雑多な想いや思惑が干渉しあって、それに引き起こされる状況がさらに干渉し、"様々なものが干渉した"という結果を生んでいるのでしょう。

何か成就させたい願いがあるとき、そのことに思いきり向き合って、純化させたときに起こりだす変化は誰にとっても格別なものなのではないでしょうか。

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